2025年の現金給与総額は前年比2.3%増えた。ところが、物価を差し引いた実質賃金は1.3%減った。給料は増えたのに、買える量は減ったという一年だった。

理由は単純で、賃金の伸びより消費者物価の伸びが大きかったからだ。厚生労働省が実質賃金の算定に使う「持家の帰属家賃を除く総合」は、2025年に3.7%上昇している。

この記事でわかること:2025年の名目賃金と実質賃金の差、物価指数の選び方で数字が変わる理由、2026年の月次改善をどう読むべきか。

2025年は「2.3%増」と「1.3%減」が同時に起きた

毎月勤労統計調査の2025年分確報では、事業所規模5人以上の現金給与総額は月平均35万5,941円で、前年より2.3%増えた。一方、同じ賃金を消費者物価指数で実質化すると、実質賃金指数は98.0、前年比1.3%減だった。

ここでいう「月平均」は、各月の一人当たり平均を年でならした値であり、全員が毎月35万円を受け取ったという意味ではない。また対象は原則として常用労働者5人以上の事業所で、個人の年収や世帯の手取りを直接示す統計でもない。平均額をそのまま自分の給与明細と比べるのではなく、賃金と物価の方向を捉える指標として読む必要がある

内訳を見ると、毎月決まって支給する給与は28万7,427円で2.0%増、所定内給与は26万7,532円で2.0%増、特別に支払われた給与は6万8,514円で3.8%増だった。賞与などを含む現金給与総額は伸びたが、日々の賃金に近い所定内給与の伸びは2.0%にとどまる。年収ベースの増加と、毎月の買い物で感じる余裕は、同じ速度では動かない。

2022年から2025年の名目賃金・消費者物価・実質賃金の前年比

2024年は名目賃金2.8%増に対して物価3.2%上昇、実質賃金は0.3%減。2025年は名目賃金の伸びが2.3%へ鈍化した一方、物価上昇は3.7%へ拡大したため、実質賃金のマイナス幅が1.3%へ広がった。

単純に「2.3%から3.7%を引く」とマイナス1.4%になるが、実質賃金は賃金指数を物価指数で割って計算するため、発表値は厳密にはその差と一致しない。それでも方向は明確だ。2025年は賃金が増えた以上に、実際に取引される財・サービスの価格が上がった。賃上げの有無ではなく、賃上げが物価上昇を上回れたかが購買力を左右した一年である。

**賃上げが止まったのではない。**賃上げより物価上昇が速かったことが、実質賃金低下の直接の理由だ。

「名目賃金」「実質賃金」「手取り」は別の数字

名目賃金は、税や社会保険料を差し引く前の給与額だ。実質賃金は、その名目賃金を物価指数で割り、購買力へ置き換えた指標である。どちらも手取り額そのものではない。

名目賃金が3%増えて物価が4%上がれば、実質賃金はおおむねマイナスになる。さらに税・社会保険料の変化があるため、実際の可処分所得とは一致しない。

厚生労働省は、購買力を見るため「持家の帰属家賃を除く総合」で実質賃金を算定し、国際比較向けには「総合」を使った値も公表している。2025年は前者で1.3%減、後者で0.8%減だ。同じ実質賃金でも、どの物価指数を使ったかを確認しないと比較を誤る

前者から持家の帰属家賃を外すのは、実際に家賃を支払っていない持家世帯についても、住居サービスを仮に賃貸したとみなす項目が消費者物価指数に含まれるためだ。厚生労働省は、実際に取引される財・サービスの購買力をみる目的でこの指数を用いる。一方で、家賃を払う世帯、住宅ローン返済がある世帯、食料の比重が高い世帯では、各家庭が直面する価格上昇は全国平均の指数と一致しない。この差が、統計上の実質賃金と生活実感のずれをすべて説明するわけではないが、読み違いを避ける重要な前提になる。

10年間で名目賃金と購買力の線が分かれた

2016年から2025年までの指数を見ると、名目の現金給与総額は2020年平均を100として111.7まで上がった。一方、実質賃金は98.0にとどまる。

2016年から2025年の名目賃金指数と実質賃金指数の推移

2020年以降、名目賃金は上向いたが、2022年からの物価上昇で購買力は低下した。OECDも、2021年第1四半期から2025年第1四半期までに日本の実質時給が累計2%減ったと整理している。

ただし、この10年比較を「誰の賃金も同じだけ上がった、下がった」と読むこともできない。毎月勤労統計には産業構成や就業形態の変化が映り、厚生労働省は2024年に推計に使う母集団労働者数の更新を行ったため、一部の前年比は指数から単純計算した値と一致しないとしている。長い時系列は大きな傾向をつかむのに有用だが、転職、労働時間、賞与、雇用構成の影響まで切り分けるには、所定内給与や就業形態別の表も併せて見る必要がある。

ここで重要なのは、名目賃金の伸びを否定しないことだ。賃上げは実際に起きている。ただし、家計が感じる改善には「賃金の伸びが物価を上回る期間」が必要になる。

なぜ生活実感は平均値より重くなりやすいのか

第一に、家計が頻繁に買う食料や日用品の上昇は体感へ強く響く。消費者物価全体が落ち着いても、購入頻度の高い品目が上がれば負担感は残る。足元の物価構造は2026年3月の消費者物価の記事でも確認できる。

第二に、現金給与総額には賞与などの特別給与も含まれる。賞与の伸びで平均が上がっても、毎月の基本的な支出を支える所定内給与の伸びが弱ければ、日常の余裕は増えにくい。

第三に、物価の負担は所得水準や家族構成で同じではない。食料、光熱・水道、家賃のように支出を先送りしにくい項目の比重が高いほど、家計は調整の余地を失いやすい。実質賃金は労働者一人当たりの平均的な購買力の指標であり、消費税・社会保険料を差し引いた可処分所得や、世帯人数を反映した生活水準の指標ではない。したがって、この記事の1.3%減を個々の家計の負担増へそのまま当てはめるべきではない。

第三に、平均値は就業形態や産業の差を隠す。2025年の所定内給与は一般労働者で2.5%増、パートタイム労働者で2.2%増だった。改善の速度は一様ではない。2026年の賃上げの広がりは一般労働者とパートの賃金を比較した記事で追っている。

パートタイム労働者は時間当たり所定内給与が1,394円で3.8%増だった一方、現金給与総額は2.3%増だった。時間当たりの単価が上がっても、働く時間や賞与の有無が異なれば、年・月の受取額は別の動きをする。人手不足による時給上昇だけを見て「全体の購買力が回復した」と結論づけるのは早い。一般労働者、パート、産業別の所定内給与を分けて確認することが、賃上げの広がりを見誤らない方法になる。

実質賃金がマイナスだから、すべての人の購買力が同じ割合で下がったとは限らない。給与、世帯構成、持家・賃貸、購入品目によって実感は異なる。

2026年の月次プラスは、年平均の回復と同じではない

2026年には月次の実質賃金がプラスとなる場面も出ている。ただし一か月の前年比がプラスでも、2022年以降に失った購買力がすべて戻ったわけではない。2026年3月の実質賃金プラスは、転換の兆しとして見るべきで、回復完了とは分けて考える必要がある。

年平均の改善を判断するには、単月の前年比ではなく、複数月にわたって所定内給与の伸びが物価を上回るかを見る必要がある。賞与の支給月、前年の低い・高い水準、速報から確報への改訂でも月次の振れは大きくなる。さらに、名目賃金と実質賃金が改善しても、家計が支出を増やすとは限らない。過去の物価上昇で貯蓄を取り崩した世帯や、先行きの価格・社会保険料負担を警戒する世帯は、まず支出を抑える可能性がある。

家計側の確認には、賃金だけでなく消費も必要だ。2026年3月の家計消費では実収入が増えても消費が弱かった。所得の改善が安心感と支出へ波及するまでには時間差がある

今後は、①所定内給与の伸び、②食料を含む消費者物価、③実質賃金の複数月の持続、④家計消費の回復をセットで見る。

まとめ

・2025年の現金給与総額は2.3%増えたが、物価は3.7%上昇
・実質賃金は1.3%減で、2020年平均を100とする指数は98.0
・所定内給与は2.0%増で、賞与を含む年収の伸びと毎月の余裕は分けてみる必要がある
・2026年の月次プラスは改善材料だが、購買力の回復完了とは言えない

日本の賃金問題は「給料が全く増えていない」ことではない。名目賃金の改善が物価を上回り、家計の購買力へ定着するまで続くかが焦点である。

データソース:厚生労働省「毎月勤労統計調査 2025年分結果確報」OECD「Employment Outlook 2025: Japan」

出典・参考資料
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